警察の違法捜査を考える


その2 新宿警察署のまやかし
 
1 新宿違法捜査事件とは

(1)現場の確認

8月21日午前中、原告原田尚美さん(以下、原告原田さんという)とJR新宿駅西口の西口交番前で合流し、現場の説明を受けた。
原告原田さんの説明では、平成21年12月10日は木曜日だったが、多くの企業のボーナス支給日であったことや忘年会シーズンが始まったこともあって、午後11時前後の新宿駅は乗客でかなり混雑していたという。
 また、事件の現場とされる「第8ホーム北階段」の現在の位置は、平成22年3月23日に新しくなったもので、事件当時の位置とは違うことが分かった。
また、事件当時は、西口改札口から第8ホームへ至る通路も、この階段工事のため現状とは違うやや幅の狭いクランク状の仮通路であったことも判明した。こうした現状で確認したところ、西口交番から西口改札口まで徒歩で約1分、改札口から現場とされる階段下まで徒歩約1分、西口改札口から第8ホームまでは徒歩約2分であることが分かった。
 被告警視庁の準備書面によると、信助君の痴漢行為の有無について、3台の防犯カメラの映像、すなわち①カメ(西口構内から西口改札口を写す)②カメ(西口構内から仮通路)③カメ(第8ホーム上から階段下)で確認したとしているが、当時の現場とは異なることから、どの防犯カメラがそれに当たるのかは確認できなかった。
原告原田さんは、「JR新宿駅からは『仮通路内を写す防犯カメラは設置していなかった。』と説明を受けた。」と説明した。

(2)事件の経緯

被告警視庁の準備書面(平成23年8月30日)及び原告原田さんから提供を受けた資料などから、明らかになったことを以下に列挙する。
① 12月10日 「午後10時55分に私は新宿駅で暴行を受けました。」(信助録音)
② 12月10日 「8号ホーム23:05迷惑行為で110番」の記録がある。(JR新宿駅
日誌 原告原田さん確認)
 ③ 12月10日 午後11時前後、信助君は男性らに現行犯逮捕された疑いがある。
・「当事者甲が痴漢したとして、当事者乙が、丙、丁に依頼して甲を取り押さえた」
(警視庁10番情報メモの[処理てん末状況]の記録)
 (注)当事者甲が信助君、当事者乙が被害女性、丙、丁が乙の友人男性
   ・信助君を取調べた警察官の説明(信助録音)
「貴方が、その連れの男に取り押さえられた」
「今触られたよ、とお友達の方が訴え出て、お友達が貴方を捕まえた」
「だから男性が捕まえて組み伏せたという状況になった」
「貴方のことを痴漢の犯人だということで取り押さえたんですよ」
④ 12月10日 午後11時過ぎ JR新宿駅総武線ホームに向かう階段下で、男性が2
~3人の男性に囲まれ蹴られている。駅員に知らせて午後11時16分発の総武線に乗って帰宅した(目撃者の証言)。 
⑤ 12月10日 8号ホーム階段の③カメ(第8ホーム上から階段下)の映像は、午後11
     時15分27秒から41分35秒までのものだが、この時間帯の同ホームは乗客
     でかなり混雑している状況は確認できるが、痴漢行為やトラブルの有無は確
認できない。
⑥ 警視庁「110番情報メモ」の事件処理状況に、以下の記録がある。
・12月10日 午後11時20分、信助君の携帯電話から110番通報(通話なし)
・12月10日 午後11時27分、同上(駅員にかこまれている)
・12月10日 午後11時37分40秒、警察官現場到着~所要時間2分
 ⑦ 被告警視庁「準備書面」(平成23年8月30日)に事件処理経過の記録がある。
  ・12月10日 午後11時32分、西口交番勤務員2名が新宿駅助役から「駅構内で客
           同志が喧嘩」との届け出、午後11時35分ころ現場階段下に到着
  ・12月10日 午後11時50分ころ、信助君と被害女性ら3人を西口交番へ任意同行
  ・12月11日 午前1時10分ころ、双方を同署に任意同行、事件を生活安全課員に
引き継ぎ
  こうして、事件は、西口交番から都迷惑防止条例(痴漢行為)の捜査を担当する生活安全課(以下、「生安課」という)に引き継がれた。
つまり、信助君は痴漢容疑者として取調べを受けることになった。

こうした推移から、仮に信助君が痴漢行為を行ったとすると、それは12月10日の午後11時前のことで、場所は新宿駅西口改札口からJR新宿駅第8ホームに向かう階段下へ至る仮通路内でなければならない。
それから約30分以上にわたって現場で何があったのか。
被害女性の友人男性らよる過剰な実力行使を伴う逮捕行為があった疑いもある。
しかし、この点に関する被告警視庁の説明はない。
また、この間、信助君は2回にわたり110番通報をしているが、被害女性ら3人は、いずれも警察官が臨場するまで110番通報した形跡はない。
この事実を警視庁はどう評価したのかなど、様々な疑問がわく。

(3)新宿署における関係者の供述内容(被告警視庁準備書面から抜粋)
ア 被害女性の供述内容
○ 亡信助にお腹のあたりをすれ違い様に触られたこと
○ 亡信助を呼び止めて謝罪を求めたところ、知らないなどと言って立ち去ろうとした
ので、ネクタイを掴んだ状態で口論になったこと
○ 先を歩いていた友人の訴外甲及び訴外乙が、私の声を聞いて戻って来て、訴外甲が
仲裁に入ってくれたこと
○ 訴外甲と亡信助が揉み合いになり、本件階段下において亡信助が訴外甲に馬乗りになっているところに、駅員が駆けつけたこと
○ 亡信助はスーツの上下を着ており、ワイシャツの袖が出ていたこと
○ はっきりとは覚えていないが、ワイシャツの色はたぶん水色だったと思うこと
イ 訴外甲(友人男性)の供述内容
○ 後ろを歩いていた被害女性の声を聞いて駆けつけると、被害女性が亡信助と口輪に
なっていたこと
○ 被害女性から痴漢された旨を聞き、立ち去ろうとした亡信助を制止したところ、亡
信助と揉み合いになり、本件階段下で倒されて馬乗りされたこと
○ 亡信助に馬乗りされた際、顔をぶつけて鼻血が出たこと
ウ 訴外乙(友人男性)の供述内容
○ 訴外甲が亡信助と被害女性の仲裁に入ったところ、亡信助と訴外甲が揉み合いとなり、本件階段下で倒れて、亡信助が訴外甲に馬乗りになったこと
○ 訴外甲は、亡信助と操み合いになる前に、鼻血を出してはいなかったこと
○ 駅員Aらは、訴外甲の上に馬乗りになっていた亡信助に離れるように注意をしていたが、駅員Aらが亡信助に暴行を加えてはいないこと
○ 亡信助は、注意されたことに逆上し、駅員Aらの名札を引っ張ったりしていたこと
エ 亡信助の供述内容
○ 訴外甲に宙づりにされて後方に倒され、馬乗りで何度か首元を床に叩きつけられたこと
○ 被害女性に触ったことはないし、通行途中に歩行者と接触したこともないこと
○ 駅員の名前を確認しようとしたら駅員から突き飛ばされたこと
〇 時間の補償や金銭賠償を求めること

被害女性らの供述は、完全に一致している。
これは、最初に任意同行された西口交番では、「亡信助と被害女性らを分けて、・・別々の部屋において・・事情を聴取」(被告警視庁準備書面)とあるように、警察官は被害女性らを同じ場所で取調べている。
被害女性らは友人同士の関係であれば、相互に不利になる供述をしないのは当然である。
従って、目撃証言にある集団暴行があったとしてもその事実を明らかにする訳がない。
グループを分離しないで取調べ、これは明らかに捜査の初歩的なミスである。
一方、信助君は痴漢行為を完全否定し、一貫して暴行の被害に遭ったと訴えている。
双方の供述が完全に食い違っているのに拘らず、新宿署は、被害女性らの供述には一貫性があり、信憑性が認められるとして、信助君の痴漢行為を認定した。

(4)新宿署の判断(被告警視庁準備書面から抜粋・要約)

被害女性の友人の訴外甲による信助君に対する暴行について、腕や肩を掴んだ事実を供述しているが、被告警視庁は「その原因は被害女性に対する痴漢行為の事実を問い質すための制止行為や逃走を防止するための範囲内であると認められた」などとし、「いきなり背後から引き倒された」などという信助君の主張は一切認めず、暴行あるいは傷害事件としての送致は消極と認めたとしている。
また、駅員らによる信助君に対する暴行についても事件としての送致は消極と認めたとしている。
ところが、信助君と被害女性との間の都迷惑防止条例違反(痴漢行為)については、被告警視庁は、被害女性に対する痴漢行為について、以下の理由から、信助君以外の通行人による犯行とは認められず、信助君が被害女性に痴漢行為をした疑いが濃厚であると認めたとしている。

○ 被害女性らの供述には一貫性があり、信憑性が認められたこと
○ 防犯カメラの画像解析から、
・亡信助が被害女性及び訴外甲と本件階段の中腹あたりで口論をしている状況が確認できたこと
・被害女性が痴漢被害を受けた場所及び時間において、被害女性とすれ違った男性3
名のうち、被害女性の供述に沿う服装をしていたのは亡信助のみであったこと
・亡信助が被害女性の前にすれ違った通行人女性が、亡信助と接触するような距離ですれ違った直後に立ち止まり、訝しげに亡信助の方を振り向き、しばらく凝視していたこと
・亡信助が、通行人女性の左側からすれ違った直後、右手に所持していたカバンを左
手に持ち替えるなどの不自然な行動をしていることなどの事実が認められたこと

しかし、以下に述べるように、新宿署が信助君を痴漢事件被疑者と認定し、事件を送致した点については様々な問題を指摘できる。
  
2 新宿署のまやかし

(1)恣意的な事件送致
刑事訴訟法第246条は、司法警察員は原則として、犯罪を捜査したとき事件を検察官に送致しなければならないと規定されている。
例外として、検察官が指定した軽微な事件については、その処理年月日、被疑者の氏名、年齢、職業及び住居、罪名並びに犯罪事実の要旨を一月ごとに一括して、検察官に報告することになっている(刑事訴訟法246条但し書・犯罪捜査規範198条)。
「犯罪を捜査したとき」とは、捜査した結果、検察官が事件について、起訴、不起訴の判断が出来る程度に至ったときと解される。
ついでだが、警察は告訴・告発事件は、送致を義務付けられている。
殺人等の重要事件では、時効が成立したときにも「被疑者不詳」で送致している。
 
事件を送致するときには、犯罪の事実及び情状等に関する意見を付した送致書を作成し、関係書類及び証拠物を添付する(犯罪捜査規範第195条)。
  この事件は、関係者の説明を総合すると、女性による痴漢被害の訴えに始まり、その友人らによる現行犯逮捕と推測される実力の行使、そして、それに対する信助君の反撃行為という経過を辿っている。
新宿署の捜査は一連の事件について行われており、その一部である暴行あるいは傷害容疑事件については送致せず、信助君の痴漢事件のみを送致することは、一貫性と合理性を欠き恣意的である。
また、事件を送致する際には、「犯罪事実」と「情状等に関する意見」を付すことになっている。
犯罪事実は、被疑者が、何時、どこで、誰に、何をしたかを、迷惑防止条例(痴漢行為)の条文(構成要件)に沿って作成される。
「犯罪の情状等に関する意見」は、警察としての検察庁の処分(起訴・不起訴)の参考となる意見を記載する。
警察の捜査の結果からみた、被疑者の性格、年齢、境遇、犯罪の軽重、犯罪後の情況等を書き、最後に「寛大な処分を願いたい」とか「厳重処分を願いたい」と記載する。
被疑者が死亡の場合には、捜査の結果等から被疑者の犯行と認定した根拠等を述べたうえ、「しかるべく措置願いたい」という記述になる。
しかし、被告警視庁の準備書面には、信助君に関わる「犯罪事実」も「犯罪の情状等に関する意見」も明らかになっていない。
被告警視庁は、信助君の痴漢事件を送致したのなら。その「犯罪事実」と「犯罪の情状等に関する意見」を明らかにするべきだ。

(2)不可解な捜査方針の変更
   
事件の捜査は、警察署長の指揮統制の下に一定の方針で組織として進められる。
平成21年12月10日、110番情報メモ[処理てん末状況]の結論に「痴漢容疑で本署同行としたが、痴漢の事実がなく相互暴行として後日地域課呼び出しとした」と信助君の痴漢容疑はない旨の記載がある。
つまり「痴漢の事実がない」、これが新宿署の結論だった。そ
して事件は生活安全課から、「相互暴行」事件として、軽微な事件を処理する地域課に引き継がれた。
この相互暴行事件とは何か。道警では「」事件と呼んでいた。
喧嘩等の際、双方を暴行事件の被疑者として検挙することを意味する。
いわば喧嘩両成敗だ。

捜査結果については、基本的には関係者に説明されることはないが、この事件に関しては、信助君が亡くなったこともあったのか、新宿署の副署長が原告原田さんに説明している。
  ア 信助君の痴漢行為は特定できなかった。
・平成22年1月11日、原告原田さんの「(信助が痴漢の疑いを)かけられたま
ま死んでしまったのでは浮かばれないですし」という問いに対して、副署長は
「痴漢をやったという特定する材料がなかった。」
「そうです、特定に至らなかったっていうことを我々は認定したわけです。」
  イ 信助君の痴漢行為を確認できるビデオ映像はなかった。
・同日、原告原田さんの「(信助君と被害女性とが)すれ違ったときに接触があっ
    たかどうかを確認するビデオはございますか。」との問いに副署長は「そこには
    ないです。」
      ・同日、原告原田さんの「その階段で(信助が女性に)接触したかどうか確認でき
るところにビデオカメラは」との問いに、副署長は「物証、物証はないです。」
  ウ トラブルの様子は写っていなかった。
   ・同日、原告原田さんの「トラブルがあった時点のビデオカメラに、映像は写って
いなかった?」との問いに「そう、そうです。」
 
JR東日本が原告側に提出したVHSテープには、新宿駅第8ホーム北通路階段のDVDを平成21年12月11日に新宿署に提出した旨のメモ書きがある。
つまり、この原告原田さんへの説明の段階で、新宿署はビデオ映像を解析していたことになる。
   
ところが、平成22年1月28日、突如、原告原田さんへ新宿署生活安全課長から「駅
員さん、学生さん、ビデオテープとかいろいろ調べたら、息子さんの方を迷惑防止条例
の被疑者と認定し、送致するという形なりますので、予めご連絡する。」という趣旨の
電話連絡があり、1月29日、新宿署は痴漢事件について、信助君を被疑者として東京地
検に送致した。
  原告原田さんは、新宿署からはそれまでの方針を変更する新たな証拠が出てきたなどという納得のできる説明は受けていないという。
そして、新宿署は送致した事件の内容を明らかにする立場にないとし、以後、原告原田さんには、一切説明していない。
  新宿署は、原告原田さんに説明した1月11日以降、28日までの間に、専助君を痴漢の被疑者と認定できる新しい証拠を発見したというなら、原告原田さんに説明するべきだ。
痴漢事件の送致を受けて事件を不起訴処分にした東京地検からも不起訴記録は開示できないと連絡してきた。
こうして、信助君にかけられた痴漢容疑は、一切その内容が明らかにされないまま闇に葬られた。
何故、新宿署の方針が変更されたのかは、次回「警察相手の国賠訴訟の実態」で詳しく述べる。

(3)不可解な防犯カメラ映像をめぐる動き

JR東日本が原告原田さんに提出したVHSテープには、「2009.12.10 第8ホーム北通路階段 23:05旅客トラブル 原田様」と記載されている。
この映像は、被告警視庁の準備書面がいうところの③カメ(第8ホーム上から階段下)の防犯カメラ映像と思われるが、この映像については次のような不可解な動きがある。
   ・  テープのケースに「H21.12.11 新宿警察へ提出したDVD」との記載がある。
   ・ H22.2.25 原告原田さんの12月10日のトラブルの映像についての問い合わせ
に、JR新宿駅は「映像の保存期間は1ヶ月なので、既に上書きさ
れてしまっている」と回答したという。
・ H22.8.24 JR東日本から「現在は警察当局へ提出しました防犯カメラ映像が
       返却され、当社で所持しております」との回答がある。
・ H22.12.7 JR東日本 証拠保全テープ提出されたのはVHSでH22.8.17 新宿 
      警察署より返却とのメモ書きがある。

新宿署が信助君の痴漢行為を認定した防犯カメラの映像は、3箇所のカメラ映像とされるが、原告原田さんに提供されたのは、第8ホーム階段の昇降口付近を写したものだけである。
しかも、その映像は極めて不鮮明なVHSテープだ。
駅員や乗客が階段下を見ている様子はあるが、痴漢行為、逮捕行為、信助君の馬乗りの映像も確認できない。警察署に提出したのはDVDだという。これも不可解だ。
編集等の疑いがないかどうかを含めて検証が必要だ。
被告警視庁の準備書面にある防犯カメラの画像解析の説明も、信助君の痴漢行為を直接写した映像によるものではなく、あくまでも前後の状況からの推測に過ぎない。
なかでも「被害女性の供述に沿う服装をしていたのは亡信助のみであった。」という説明は、被害女性は信助君をトラブルになった場所で見ているのだから、信助君の服装を説明できるのは当然であり、論外だ。
一方の信助君は、取調官に痴漢の被害に遭ったと称する女性についての認識はないと再三説明している。
一般論になるが、最近は「防犯カメラ」(監視カメラ)を捜査当局が当然のことのように犯罪捜査に利用しているが、これには重大な問題が内在している。
まず、防犯カメラの設置に関する法的な根拠も基準もない。
本来は、犯罪の予防のために設置された防犯カメラの映像を犯罪の捜査、とりわけ犯人の特定の証拠として利用するためには、厳格な押収手続きが必要なはずだが、その手続きに関する法律もない。  
設置者は、警察から犯罪捜査に利用したいと要求されれば、躊躇なく提供する。
そして、警察の映像解析により犯人が特定され、それが証拠として使われる。
しかし、それが編集等の手が加えられていないとする保証は何もない。
この信助君の事件でも、防犯カメラの位置、撮影の範囲、映像の押収手続き、解析者、解析結果、編集の有無等について、厳格な検証が必要だ。

(4)姑息な「事情聴取」と「取調べ」の使い分け
  
警察の犯罪捜査の基本を定める「犯罪捜査規範」や「刑事訴訟法」には、「取調べ」に関する定義はない。
一般的には、捜査機関が、被疑者や参考人の出頭を求めて犯罪に関する事情を聴取すること、あるいは、犯罪捜査上必要があるときに、被疑者および参考人の供述を求めること、とされる。
信助録音にある新宿署の到着直後の信助君と警察官のやり取り。
  ・信助「ここ取調室ですよね。取調べということはどういうことですか」
 ・警察官「貴方はですね、痴漢の被疑者ということで」
 ・信助「ちょっと待ってください。被疑者とはどういうことですか?」
 ・警察官「疑いです。」
  その後も取調官は、信助君を痴漢事実について繰り返し執拗に追及している。
これは、明らかに取調べである。
  しかし、「取調べ」となると、刑事訴訟法第189条、犯捜査規範第169条で「供述拒
否拒権の告知」が求められる。
被疑者の取調べを行うに当たっては、あらかじめ、自己の意思に反して供述する必要
がない旨を告げなければならない。
信助録音のどこにも「供述拒否権の告知」の形跡はない。
供述拒否権が告知しない取調べは違法だ。
 
新宿署副署長は、そのことを意識して、新宿署における「取調べ」について、原告に対して「取調べじゃなくて事情聴取ですね。」と2つの言葉を使い分けている。
これは明らかに違法な取調べを意識したまやかしである。
アメリカには有名なミランダ判決というのがあるが、我が国では未だにこうした違法な捜査が罷り通っている。
こうしたコンプライアンスの無視が罷り通っていることこそが冤罪を生む原因なのだ。
  違法な手続きによる取調べの結果を記載した供述調書に証拠能力はないが、新宿署の取調べでは、作成するべき信助君の「被疑者供述調書」も作成されてはいない。
信助君を被疑者として断定する証拠はどこにもないのだ。
 
(5)暴行事件の捜査にも消極的だった新宿署
  新宿署は相互暴行事件については、捜査の必要を認め、信助君に被害届を出す際の呼出しに応じる旨の確約書を提出させた。
暴行を受けた被害者に被害届を提出するための出頭を確約させるということはあり得ないことであり、確約書を書かせる必要はどこにもない。
確約書なる文書は、犯罪捜査規範にも存在しない。
これは、新宿署が信助君を「相互暴行」事件の一方の被疑者と見ていたことを物語っている。
信助君は、単なる被害者ではなかったのだ。
暴行の被疑者の出頭を確保するために、信助君に「出頭を約束した」という心理的な圧力をかけたのだろう。
もし、信助君が逃走のおそれがあるなら、こんな姑息なことをしないで逮捕すべきだ。
これは暴行事件の捜査の基本だが、被害の申告があったときには、必ず、傷害の有無を確認する必要がある。
出血、打撲傷等の有無を確認して、傷があれば医師の診断書の提出を求めなければならない。
傷害があれば傷害事件として捜査することになる。
信助録音等によると、新宿署は信助君の全身写真を撮影しているが、身体の傷害部位等の確認や病院の診断書の提出も求めていない。
新宿署は、最初から相互暴行事件も捜査するつもりはなかったのだ。
さらに、平成22年3月、原告原田さんが、信助君に対する暴行事件について、男性大学生(訴外甲)を氏名不詳のまま、暴行容疑で告訴するが新宿署は告訴状を受理しなかった。
告訴は犯罪の被害者が行うものであるから、原告原田さんは信助君の親ではあっても告訴することはできないという形式論だろう。しかし、原告原田さんは告発ができる。
その後、暴行事件の告訴は、東京地検が受理(不起訴)しているが、これはそうした趣旨で受理したものだろう。新宿署の対応は大人げない。
本来、窃盗事件と違って暴行事件の捜査に被害届なる文書は必要ない。
告訴も必要ない。被害者の申告で十分である。
信助君は、被害の申告をしていたわけで、それを基に捜査をして、事件を検察庁に送致すればよいだけのことである。

「うずくまった男性を学生らしき2、3人が取り囲み、そのうちの一人が男性の胴体を何度も蹴っていた。3、4人が(暴行している)2、3人に向かって『もうやめとけよ』と止めていたが蹴りやむ様子がなかった。」あるいは、「数人の男性が階段を上がって行き、茶髪の男性が一人の男性を羽交い絞めのような形で捕まえ、男性は腹や顔を殴られ転倒、暴行が続いた。」との目撃証言がある。
この証言は、被告警視庁の「友人の訴外甲による信助君に対する暴行について、腕や肩を掴んだ事実を供述しているが、その原因は被害女性に対する痴漢行為の事実を問い質すための制止行為や逃走を防止するための範囲内であると認められた。」とする説明と著しく異なる。
目撃証言が事実なら、2、3人の男性グループによる集団暴行事件があったことになる。
 
JR新宿駅の駅員が現場に駆け付けたとき、信助君がこの一連の暴行に反撃し、男性に馬乗り状態になっていたところから、新宿署は相互暴行という判断をしているが、信助君からすれば、身に覚えのない痴漢行為で言いがかりをつけられ暴行を受けたので反撃したと、正当防衛を主張していたのだ。
信助君の痴漢行為が事実無根であったら、信助君に対する訴外甲による信助君に対する実力の行使は、根拠のない違法な行為、単なる暴行あるいは傷害に過ぎない。
しかし、信助君は亡くなった。死人に口なし。多勢に無勢。
新宿署は、相互暴行事件の立件送致を見送り、信助君だけを強引に痴漢被疑者に仕立て上げた。
そのためには、被害女性らの供述を全面的に採用する必要があった。
新宿署には、そうした判断があったに違いない。

 

その3 警察相手の国賠訴訟の実態 

 

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